第三回民家の甲子園 なごみ賞 東京都立葛西工業高等学校

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民家はいつから飾られ保存されるものになってしまったのだろうか?

 東京で民家を探し東へ西へ。辿りついたのは、管理人さんのいる名主屋敷だった。 その場所には静かさがあった。門をくぐり木々の緑の小道を抜けると、わらぶきの屋敷に至る。

 自分の家とは違う重みのあるどっしりとした家がそこにはあった。太い柱と太い梁、骨太なイメージだが実際は今の建築物より繊細な造りで構築されているのが分かる。

 いつからか人は、ローコストを求め、合理性を最重要とした家ばかりが良いものと考えるようになってしまったのかも知れない。

 家の周りを見る。旅行をして建物を見る。人はいつ日本全国が同じような建物ばかりになってしまったことに気づくのだろう。

 民家はいつから飾られ保存されるものになってしまったのだろうか?????

 

日本の都市を鑑みると、誰しも「東京」が思いつくだろう。東京のイメージを写真に残そうと、ぶらりと歩き出した。近代的な建物が立ち並ぶ中で、歴史的な建物も残っていることに気づいた。都市のイメージが印象強い東京で、近代的な建物と歴史的な建物が雑多に建ちなんでいるのであった。

大通りから、路地をはいると住宅が建っていた。さらに、舗装された通りを奥に歩いて行くと、歴史的な建物がひっそり建っていた。大通りから想像もつかないほど静かで、都会の中とは考えがたい環境であった。歴史的な建物を目前にして、思わず写真に残した。

都市のイメージは、近代的な建物が多く見受けられます。一方で、歴史的な建物が解体され、少なくなっている現状を知りました。都会の中で、現存している歴史的な建物を如何に残すべきかを感じました。

 

今生活している私たちは、高度な技術で作られた「快適な生活空間」で生活している。

時代の変化とともに移り変わる建物、そして生活空間。こうして私たちの祖先が暮らしてきた古くからの建物は、次第に姿を消していると言われる。

「生活する空間」という視点で鑑みると、民家は、今私たちが毎日生活している現代の住居とは、まったく異なった建物であると感じられた。当時は「快適な生活空間」であったのか?と、思いながら私たちは、古い民家を探して歩いた。近代的な建物が立ち並ぶ中、静かな雰囲気で民家は建っていた。

民家は、伝統的な技法を使って建てられていた。

建物の外観を見ていると、生活している空間は、現在の私たちにとっては全く異なった空間ではないかと思った。

しかし、民家を目前にすると、そこには今も生活観溢れる姿が描かれていた。

 

街の変容には驚かされるばかりである。

通学途中の家が建て替えられていたり、商店街の中の店が変わってしまっていたりと、日々刻々と変化している。

建て替え前の家が、どんな色や形をしていたのか?

商店街も毎日通っているのに、以前の店が何屋さんだったのか?思い出せない。

ふと、思い出せないのではなく、始めから気にしていない自分に気がついた。

今回、民家を探す旅に出て、改めて考えた事は都市の魅力はどこに存在するのか?

民家、特に昭和前期以前の建物に魅かれるのは、なぜだろう。

私たちが撮った写真を見て、あなたは何を感じますか?