第五回民家の甲子園 審査員長賞 東京都立小石川工業高等学校

東京都立小石川工業高等学校 PR文

 

大都市東京に生活する私たちは、日々見慣れた繁華街に生活している。民家を探すため、路地を曲がった。集合住宅は、どこを見ても直ぐに目に入る。「住宅」と考えるだけで、それは単なる「集合住宅」と考えてしまう。都内に民家があるのだろうかと思いながら探して歩いた。

ある時、カメラを持って街に出たときのことだった。一歩、路地を曲がると、ここが東京なのかと目を疑った。東京の真中に、このような光景があるのかと思い、疑いながらシャッターを切った。

東京のイメージとは、かけ離れた光景が目に飛び込んだ瞬間であった。何時もの街・何時もの路地・・・。都会の生活とはかけ離れたと思われる場所が広がっていた。「都市」や「都会」と、云われて育った私たちには、「民家」という言葉は何時間も掛けて「実家」に帰らない限りイメージが出来ないものであったりする。

都会の真中で。路地を曲がっただけで見つけられたこの空間を、共有しているだけで感動できた。この場所で生活していると実感できるものであった。

民家からは、たくましさ、強さを感じることができた。実家を思わせる懐かしさを感じることもできた。私たちが、が知らない歴史や世代を知っているとしか思えない顔が浮かんだ。人の笑顔、悲しい顔、怒った顔、ずっと見守ってきた家族の姿。この空間から、さまざまな思いが感じ、受け止められた。

都会の姿は、近代的なイメージがやきついている。ところが、一歩踏み出せばそこには歴史のある場所であったりもする。もっともっと、身近な場所で発見できていないことも無数にあるに違いないであろう。どの場所でも、生活する場をどのように考えるか、これから長い時間をかけてともに共有する「場所」「空間」をもっと実感しようと、路地を曲がりながら思いを膨らませて探そうではありませんか。