第十一回民家の甲子園 特別賞 中越学園中越高等学校

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 私たちは出雲崎町について調べました。

 

   出雲崎町は、演歌歌手のジェロさんが歌った「海雪」

  舞台として有名です。そこに私たちは珍しい妻入りの街並みがあることを知り、休日、部活の合間をぬって撮影に行きました。そこで佐藤さんというおばあちゃんと知り合い、話を聞くとおばあちゃんの家は神棚が三つある不思議な家だということが分かり、取材させてもらいました。

 

   出雲崎町は、新潟県のほぼ中央に位置します。元禄二年には松尾芭蕉が訪れ、「荒波や 佐渡によこたふ 天の河」という句を残しています。良寛さんというお坊さんの生誕地でもあります。

 

   一年を通して行事が多く行われる出雲崎では、一月は新年の無事を祈る伝統の獅子舞が駆け巡り、四月の春祭りでは住民が神社に集まりお経を上げ、みんなで舞を楽しみます。

 

   そして妻入りの街並みが広がっていました。なぜ、このような街並みになったかというと当時の出雲﨑は人口密度が高かったからです。それにあくまで推測ですが、出雲崎は海と山に挟まれており一本道が多かったと思われます。そこで平入りにすると人口が多くなるにつれ、すべての家を建てられなくなります。妻入りという様式の建て方で横幅をあまり取らず、奥行きのある家にしたと考えられます。

 

   取材させてもらったおばあちゃんの家は約250年前に建てられ、今はおばあちゃん一人暮らしです。部屋は、玄関に近い方から「みせ」「ちゃのま」「ねま」と呼び名が決まっていて部屋の脇には「とおしどま」という通路もあります。

 

   この撮影を通して、出雲崎は昔からある文化や伝統を大切にしていることが分かりました。そして、私たち若者がそれを受け継ぎ出雲崎の素晴らしさを伝えなければいけないと思います。

第十一回民家の甲子園 特別賞 愛媛県立八幡浜高等学校

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 過去から現在に至るまで、何代にもわたり伝統を受け継いでいくことは並大抵のことではない。そこには伝統を受け継ぐ者の意志、そして家族の支え、地域との密接な関係が不可欠である。

 八幡浜は、古くから漁師町として栄え、漁を終え帰港する際に掲げられる「大漁旗」や、地域の伝統行事に利用される「大幟」など、実に様々な場面において若松旗店の「作品」が生活の一部として組み込まれ、使われてきた。

 わたしたちはそんな一枚の旗に、命が吹き込まれていく過程を目の当たりにした。布目を整え、布をはり、下絵を描く。米ぬかを振り、色を挿す。いくつもの工程を経て仕上がって行く様は圧巻だ。真剣勝負の連続に目を奪われた。

 取材の際中、あとわずかで下塗りが終わるという作品を見せてもらった。しかし、それは裏地にほんの少しの滲みがある失敗作であった。、その少しの滲みにも若松さんは妥協しなかった。そこには確かな職人としての誇りがあった。自分の納得いかないものは、決して商品にしない。こうして作られた作品は、実用性が高く、無駄が一切ない凛とした美しさが感じられる。手作りの旗の良さについて若松さんはこのように話してくださったことがある。「旗は年月を重ねて色落ちしてもそれが旗の味になる。」と。このひたむきな姿や期待を裏切らない技術が、人々に認められ、多くを語らずとも何世代に渡って受け継がれてきた理由ではないだろうか。

 若松旗店の周辺は古民家がいくつか残っており、若松旗店自体も、とても立派な古民家である。現代の家にはない趣があり、未来に残すべきものである。しかし、それ以上に、この古民家に住んでいる人々の生活ぶりや、長い間受け継がれてきた伝統や技術などを守り、歴史を絶やすことなく継承することこそが後に続く私たちの役目なのではないだろうか。