第十回民家の甲子園 特別賞 新潟県立上越総合技術高等学校

 新潟県立上越総合技術学校 PR文

 

「はじめに」

新潟を代表する上越市高田城の城下町の町並みは、徳川家康の六男松平忠輝によって築かれ、現在まで道路などの都市骨格をほぼ当時のまま継承しています。

今回、一六二四年創業の日本一古い飴屋、高橋孫左衛門商店に着目し、店舗の伝統格式や伝承する店主の意気込みを一四代目高橋孫左衛門様にお話を伺い、目で見て感じた事を写真とともにご紹介します。

 

1「雁木」

 高田の雁木は、日本一長い雁木と称されます。各雁木はそれぞれの私有地を提供したもので、各形状は異なりますが、ずっと遠くまで続く雁木に譲り合いの精神を感じました。

  

2「看板」

 元々武家だった高橋家は、越前から高田城下に移り菓子屋となりました。榊原藩主から与えられた高田藩御用達の証であり由緒ある飴屋を意味しています。

 

3「箱段」

 明治の家具ですが、今も力強く人々を支えています。また先人の知恵として、足腰の弱ったお年寄りが一段一段お尻を下ろし楽に降りることが出来る設計とお聞きし、現代のバリヤフリーだと思いました。

 

4「レジ」

 伝統的商品と共に最先端な機器を持つ商店は、当時の人々には新鮮に映ったでしょう。現在でもこのレジを大切にしている姿が、商売に対する姿勢に通じているのだと感じました。

 

5「店内の力」

 現在売られている粟飴は、約220年前から変わらない味を守り続けており、十辺舎一九や夏目漱石もその美味しさについて著しています。

入り口正面にある商品棚の扉の額縁は、欄間の桃山風透かし彫りのような豪華さで、その棚にゆるぎない陳列で品の良さを感じる粟飴の数々を拝見した時、どこまでも商品とお客様を大切に思う気持ちに力強さを感じました。

 

「おわりに」 

私たちは、今回高田城を取り巻く雁木・町家・寺町の歴史を調査し現在も残されている古民家を見て、先人の知恵はその風土・地域から生み出された根拠であることを実感しました。これからの街作りとして、現代のスタイルであっても伝承しなければならないと強く感じました。